楽曲「存在証明」のご紹介

映画『MOTHER マザー』は実際の事件に着想を得たフィクションですが、この映画を制作するにあたって、「川口市祖父母強盗殺人事件」を起こした現在服役中の元少年と製作側との手紙を通じてのやり取りがありました。元少年は「自分のような子がすこしでもいなくなれば」という思いとともに、フィクションとして映画作品のモチーフとなることへ理解を示してくれたという経緯がありました。

このページでは、この事件に関するノンフィクションで映画の原案となった「誰もボクを見ていない: なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか」(山寺香著、ポプラ社刊)のご紹介と、元少年とシンガーソングライターの松井亮太さんがコラボレーションして完成した楽曲のご紹介をいたします。

楽曲「存在証明」ができた経緯

元少年は事件を起こす前日の夜、駅前の大型ビジョンで、当時松井亮太さんが所属していたバンド「ワカバ」が歌う「あかり」という曲を聴きました。内閣府の自殺対策キャンペーンソングだった「あかり」は、死にたいほど追い詰められた人の心に寄り添い「そばにいたいよ」と語りかける曲で、元少年はこの曲の歌詞を心に刻みました。事件後、元少年はその日の夜、宿泊先のホテルでパソコンを借り、うろ覚えの歌詞を手がかりに「あかり」の動画を探して視聴。「もっと早くこの曲に出会いたかった」と思ったそうです。

松井亮太さんはこのことを、以前一緒にお仕事をした作編曲家の岩室晶子さんから送られた書籍を読んで知ります。横浜市に住む岩室さんは、元少年が中学生時代の一時期、同市内で野宿生活をしていて児童相談所と接点を持ったにもかかわらず救われなかったことを報道で知り、心を痛めていました。「この子のために何かできないだろうか」と思い、少年の支援活動に加わりました。書籍を読んで元少年が松井さんの曲に感銘を受けたことを知り、松井さんに書籍を送付。2018年9月、松井さんのライブに赴いて約10年ぶりに顔を合わせると、二人は「元少年のために音楽の力で何かしたい」という思いで一致しました。元少年が詞を書くことが好きなことから、刑務所にいる少年に手紙で「一緒に曲を作りませんか」と提案し、元少年が書いた詞に松井さんが曲を付けるという曲作りが2019年1月に本格的にスタートしました。

松井さんと元少年は、手紙をやり取りし、少年から送られてきた三編の詞の中から、松井さんが元少年の思いを最も強く感じた「存在証明」を選び、メロディを付ける作業が始まりました。松井さんは曲を整え、聴く人に分かりにくい部分は表現を微調整しました。その際、元少年の思いや表現をとても大切にし、互いが納得いくまで元少年の伝えたいことに合う言葉を探し、やり取りした手紙は10通以上になりました。そして昨年7月、元少年の歌詞に松井さんがメロディを付け、岩室さんが編曲した「存在証明」が完成。レコーディングも行い、CDが完成しました。

楽曲「存在証明」に込められた思い

元少年は、自分のように貧困や虐待の中で育ち「自分に生きている意味なんてあるのだろうか」と感じている子どもに向けて詞を書いた、と松井さんへの手紙に綴っています。歌詞の中で元少年は、そうした子どもたちに対し「君が生きてる意味はあるんだよ」と語りかけています。社会から見過ごされた「見えない子ども」だった元少年はこの曲で、自分のような子どもが今ここに確かに存在することを証明し、その子の心に寄り添おうとしています。

事件直後、裁判で「今後生きていく自信がない」と語った元少年ですが、松井さんとのやり取りを通し「『生きたい』と思った」「人に望んでもらえるようになりたい」と、手紙に綴っていたそうです。

存在証明

作詞:優希
作曲&歌:松井亮太
編曲:岩室晶子

誰かに言葉をかけられるほど
私は人間出来てないんです
人には言えない罪も抱えています
確かな言葉をかけられるほど
上手に話も出来ないんです
人には言えないことは隠しています

でもね、そんなことが理由で
君に言葉をかけてくれる
誰かになれないというのなら
今だけは全て捨てます

ほんのわずかでも 君が少しでも
私を望んでくれるのなら
笑って ありがとうと 言ってくれるのなら
何度 何千度 何万度
君の為だけに 言葉を紡がせてください

誰かに笑顔を見せられるほど
私も人間信じてないんです
人には話せないことは隠されます
誰かと笑顔を交わし合う時も
周りの仕草見逃せないんです
人には言わないけれど もう穢れてます

でもね、そんなことが理由で
君に笑顔を向けてくれる
誰かになれないというのなら
今だけは全て捨てます

ほんのわずかでも 君が少しでも
私を望んでくれるなら
笑って へんな顔と言ってくれるのなら
何度 何千度 何万度
君の為だけに 笑顔贈らせてください

せめて、これだけは言わせてほしい
君が生きてる意味はあるんだよ

ほんのわずかでも 君が少しでも
私を望んでくれるのなら
笑って ありがとうと 言ってくれるのなら
何度 何千度 何万度
君の為だけに 言葉を紡がせてください
君が歩んできた 軌跡を紡がせてください

ノンフィクション
「誰もボクを見ていない: なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか」
(山寺香著、ポプラ社刊)

「誰もボクを見ていない支援の会」書影

2014年、埼玉県川口市で発生した凄惨な事件。少年はなぜ犯行に及んだのか?

誰にも止めることはできなかったのか?事件を丹念に取材した記者がたどり着いた“真実”。

この罪は、本当は誰のものなのか?少年犯罪の本質に深く切り込んだ渾身のノンフィクション。

著者は、毎日新聞記者の山寺香。2003年、毎日新聞社へ入社後、仙台支局、東京本社夕刊編集部、同生活報道部を経て、2014年4月にさいたま支局へ。犯罪被害者支援や自殺対策、貧困問題などに関心を持ち取材を重ねてきた中で、この事件と出会う。

現在は、当時、刑事裁判を担当した弁護士が立ち上げた支援の会とともに、元少年の支援を続ける。